PROJECT STORY

職人の技と経験が生み出す「おいしさ」を数値化する

「おいしい」の価値観は人それぞれ。そんな曖昧とも言える「おいしさ」の、見える化を目指す組織がある。消費者が求めている「おいしい」を、仮説を立てて検証し、その「おいしさ」をシステムで再現する。モンドミックス・ジャパンは、これまでにないシステムの開発に取り組んでいる。

製菓・製パン工場用 製造加工設備

挑戦

海外と日本の仲介役としての重要な役割
世界中から高い技術を備えた製造設備を選りすぐり、日本企業に提供することも原田産業の重要な使命だ。そのため、海外企業と提携した日本法人を設立している。それがオランダに本社を置くHaas-Mondomix社(以下、「Mondomix社」)との合弁会社、モンドミックス・ジャパン(以下、「MJ」)だ。Mondomix社は、先進的な製菓・製パン、乳業向けの連続式発泡機やその周辺機器で定評がある。日本法人を設立することにより、提案、販売からメンテナンスまできめ細かく対応することができるようになった。
数ある製品の中で主力となっているのが、「モンドミキサー」だ。これはスポンジケーキの生地やクリームなど、流動性のある液体を連続的に発泡させるためのシステムである。菓子やパンは、もともとヨーロッパで生まれたということもあり、市場規模は日本よりはるかに大きい。そのため、技術革新は圧倒的に進んでいる。しかし、それを単に日本に輸入するだけでは、日本独自のシステムに合わず、うまくいかないこともある。そのため、オランダと日本の間に立つ仲介役が必要となる。このように、ヨーロッパと日本の、文化や感覚のギャップを調整するのがMJの役目だ。
プロジェクトを進める場合にも同様のことが言える。日本では石橋を叩きながら渡ろうとするくらい慎重だ。しかし、ヨーロッパではトライ&エラーを繰り返す。そのため、オランダのMondomix社からは「なぜこれほどまでに決定に時間がかかるのか」といったクレームが来ることもある。そのような場合、日本の事情を説明し、理解を得る必要がある。海外と日本を結ぶため、MJは重要な役割を担っている。

「おいしさ」とは、さまざまな評価軸の集合体
消費者の嗜好の変化や少子高齢化により、製菓・製パン業界においても、従来の大量生産品から、プレミアム感が打ち出せる、より高品質な製品が求められるようになってきた。そのため、さらなる「おいしさ」の向上も求められている。
しかし、「おいしい」という価値観は人によって異なる。商品開発の現場で満足のいく製品ができたとしても、それをジャッジする上層部の好みに合わないということもあり得る。「おいしい」という判断は、あくまでも個人の主観に委ねられている。ならば、「おいしさ」を数値化し、定量的に表現することで、この問題に一石を投じることができるのではないかとMJは考えた。
目指したのは、「おいしさ」に点数を付け、「80点より90点の方が良い」と評価することではない。なぜなら、「おいしい」という個人の主観は、さまざまな評価軸の集合体だからだ。ただ「糖度が80%だからおいしい」と単純化しても意味はない。例えば「甘いだけでなく、ほどよい食感がある」から「おいしい」と表現する場合がある。複雑なものは複雑なままに、様々な軸の中で個人が求める「おいしさ」に、どこまでフィットしているかを見える化することを目指した。




求められる「手作り感」とは何を意味するのか?
なぜそのような取り組みが必要なのか。そこには二つの理由がある。
一つは、前出の通り、企業として求める「おいしい」を統一する必要があるからだ。市場調査によって消費者が求める「おいしい」が分かっても、社内で「おいしい」の基準がぶれてしまっては製品化が進まない。そのため、企業として目指す「おいしい」を明確にすることが重要だ。もう一つは、海外と日本の味覚の違いだ。オランダ製の機械を日本向けに改良するためには、感覚ではなく数値で説明する方が分かりやすい。

この「おいしさ」の数値化のために取り組んだのが「手作り感」の再現だ。
まず、「手作り感」とはどのようなパラメータのことなのかを数値化することからスタートした。ここに着目したのは、MJの主力製品がスポンジケーキを作る際に使用する「モンドミキサー」であることも関係している。従来のビジネスの経験から、今スポンジケーキに求められているのが「手作り感」であることは把握していた。本来の意味での「手作り」とは、小規模なお店でこそ可能なもの。大手メーカーが一つ一つ手作りしていては、利益を出すことはできない。だからこそ、トレンドが求める「手作り感」をシステムで再現し、量産することができればビジネスチャンスとなると考えたのだ。

そもそも、「手作り」とは何を意味するのか。
これはとても抽象的で人によって解釈が異なるものである。そのため、調査と裏付けを必要とした。味覚を研究する機関や様々な原料メーカーを訪問し、協力を依頼した。その中で、ある原料メーカーが興味を示してくれたことで、共に開発に取り組むこととなった
しかし、道のりは平坦ではなかった。MJのアイディア、Mondomix社の技術、メーカーの原料を調整するのに相当な時間を要したのだ。

まず、「おいしい」とされる手作り感のあるスポンジの定義を数値化し、どのようなスポンジ構造がおいしく感じるのかを多角的に評価しようと試みた。客先へのヒアリングを行ったところ、会社ごとに使う表現が異なっていたり、時には部署ごと、担当者ごとに異なる場合もあった。なかなか一筋縄ではいかない。しかし、「手作り感」=「おいしい」という点は共通していた。異なる立場の方々からヒアリングを行い、協力を得ながら評価ポイントを構築していった。
そして、今回の「おいしさ」のターゲットとなる手作りのスポンジと、設備で量産したスポンジを比較するために、設備以外の条件は完全に一致するよう、協力会社内に工場さながらの生産ラインをつくり、そこで対照実験を行えるようにした。評価の結果、今まで曖昧だった「手作り感のあるおいしさ」がはっきりした。

次は、そのスポンジ構造を生み出すのに適した攪拌設定と設備構造の検討だ。
これまで何度となくスポンジケーキを作ってきたが、その中でもまだ表現できていない「おいしさ」への挑戦として、これまで不変であった設備の心臓部に改良を加える案が出てきた。Mondomix社は、過去に様々な試みを行ってきた結果、今の形がベストであるとし、そのポイントへの改良には否定的であった。しかし、変わりつつある消費者の嗜好や、この挑戦の意義を粘り強く説明し、最終的には協力を取り付けることができた。設備の設定を変えては作り、作っては試食するを繰り返し、MJのメンバーはみな太ってしまったが、最高のパラメータを見つけ出すことができた。

目指すゴールは決まっていた。走りながら考え、検証と修正を繰り返した。そのため、プロジェクトスタートからシステムの完成まで、実に4年の歳月が経過していた。




数値化することでビジネスチャンスを生む
「手作り感」は、スポンジケーキにのみに求められることではない。どのような菓子やパンでも、機械で大量生産したものより、職人が丹精込めて手作りしたものに良い印象を抱く消費者が多い。そのため、「手作り感」を可視化できる装置は、食品業界において広く需要があると言えるだろう。

「おいしさ」の数値化について、食品メーカーにプレゼンすると評価は良好だ。ある食品メーカーでテスト導入され、ロングセラー商品に対し、これまでの品質を保ちながらも、更に手作り感をプラスすることに成功した。
難しいのは、テスト一つにしても時間と労力、そしてコストが掛かることだ。また、数値化のメカニズムをオープンにしていないため、展示会などで大々的にアピールすることも難しい。
しかし、このプロジェクトを通じて、チーム内に「開発マインド」と「挑戦マインド」が育ってきた。Mondomix社からの働き掛けからではなく、完全にMJからの発信で一定の結果を出せたという自負もある。Mondomix社からの評価も上々だ。
これまでは大手企業へのアプローチを優先していたが、今後はマーケット全体へと浸透させていきたい。MJの見つめる未来は、ここから更に広がってゆく。